木原東子全短歌 続

二〇〇〇年より哀歌集を書く傍ら、二〇〇六年より「国民文学」歌人御供平佶に師事、二〇一一年からは歌人久々湊盈子にも薫陶を受けて、個性的かつ洗練された歌風を目指して作歌するものの、やがて国外に逃れることとなる。 隠身(かくりみ)の大存在の謎を追求する歌風へと変転し、「・・・」とうそぶく。カッコに入れる言葉の発見は難しい。

2013年11月

行き先不明 2013年より(8)『67歳の夏至まで』~「構造」「聴く」「若きら」「ミルクの連想」

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   「構造」

苦しくも充実求め生きし子の無一物にて残す白骨

柔らかきよひらの毬(たま)の中空に構造確かにピンクの花の柄 ==あじさい

父の字の残る手帖を充たしゆく 来ざりし時をわが片歌に

海を見る窓に たゆたふ歌いくつ読みて忘るる そこにある蒼 ==苦心甲斐無き歌作

わが内に異形なるもの生れ初むや 耳より溢れ口には出さず ==大丈夫か?

二の腕と小指の力学太極拳 攻防転々脳裏に描く ==なかなか奥深い太極拳



   「聴く」

ラジオより幼き脳に聞こえしは敗戦国の言葉と心

夕食時ラジオの流すヒャラリコを待ちたる時代空を見詰めて ==笛吹き童子

ミュージックならず講談浪花節ラジオ生活戦後日本

下宿してラジオのFM炊飯器心に希望青春なりし

英国にEU可否の論議ありて口に指当てしんと聴く人ら ==市民の集中力



   「若きら」

小雨けふ心揺れたることもなき 世慣れぬ猫と眼を合はせしが

若き猫「あれ」と言ふがに雨の夜半我を見詰めぬ 心あるかに

つややかなる眉と睫毛の気配のみ瞳は見えず早乙女(さおとめ)の立つ

はたちほどのうなじとほおのたをやかに素顔の娘あり人目嫌ひて

電車移動しつつパソコン開け本も膝に並べて若きの居眠る



   「6月、新朝顔」

梅雨らしき恵み沁み込む地の上にふつくら伸びて朝顔の蔓

あさがほのたまゆらの青に包まるる家に目覚めて漂ひ歩く

颱風の風とおぼしき風圧は梅雨前線発 雨の先触れ ==上空に、丁々発止の空気の流れ

紫の新朝顔(にいあさがお)の無心なるをはや撃ちしだく台風五号

灰色の空のいづこに陽のありし夏の早がけ朝顔の彩(あや) ==台風一過たちまち晴天



   「ミルクの連想」

給食のスキムミルクの思ひ出をちびちび飲みて眠りを招く

人の為す収奪行為 枯れ草を食ませ雌牛を乳房と化して ==どんな権利あって人は、、、(福島)

絞められし雌鳥の腹に卵数多(らんあまた) 大から小へ工場めきて ==幼時に見た

悲しみに打ちのめされて泣くときは死人のごとく大口を開く ==世界のニュースに観る

人前で泣かざる子供なりしこと誰にも言はず 今は泣き虫

笑ひたき泣きたき気分 躓きてヘハヘハ動く二歳の口の辺

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行き先不明 2013年より(7)『67歳の夏至まで』~「家族の像」「姫松葉牡丹再生」「麗しの皐月」

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   「家族の像」

山羊さんの届くこと無きお手紙を唄ふ子の瞳はいつも濡れにき ==白ヤギさんたち

子の妻を娘と思ふ吾が心 それも疎まれひとり死ぬらむ

紫陽花のピンクとりどり呉れし嫁 緑の葉陰のその手美し ==母の日

夫はつね直球なりし何事も しかるに秘球飛び来て凡打す

「天下一品」京都の麺に狎れたるを「東京ラーメン」駅前も美味

五井駅の「東京ラーメン」しやつきりとをみなの作る薄口スープ

歌一つそこそこできて さあご飯作ろうと立つ善き日の厨

かゆみには抗ヒスタミン 炎症に副腎なんとやら貰ひにやつく ==皮膚過敏発症



   「姫松葉牡丹再生」

一本の芽立ちも惜しみ残す庭にやがて緑の絨毯敷かる

律儀なる花と詠まむに名を知らず 報はれざりて牡丹色なり

遂に五月枯れたるままの茎の先赤らみ初めぬ 抜かざりて良し ==一年後に

きつと出る 無闇に確信してをりし 緑の針と命あらはる

疎遠なる友に縁あり教へらる 去年(こぞ)は知らざりこの草の名は ==40年ぶりに

堪忍の姫マツバボタンその策を我は知るなり秘かに詠ふ



   「麗しの皐月」

わが庭の小(ち)さきものたち青冴えて ことに露草 黄の色誇る

虫も飛ぶけふ聖五月 白花をかかげて十薬ナースのごとし ==どくだみ

夏も冬も負けず静かに伸びし葉をくちなしなるかと思ひて愚か ==種子をなにか植えた

筍の爆発力を身にもらひ ふと不幸せ忘れたるかも

これからは笑ひて生きむ柿若葉 己が光の中冴え渡る

うつとりと空を映せる水張田(みはりだ)の黙(もだ)す深さを走る小波
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行き先不明 2013年より(6)『67歳の夏至まで』~「デジタル脳」「超マクロ」「超ミクロ」「物質生成」「量子は別世界」「風のアインシュタイン」「地球の自然」

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「デジタル脳」
1. 風のごとスクリーンセーバの映し出す色の変転あやかしと見る
2. 万の色を視神経へて脳内へ認識せしむ何ぞゼロと一
3. 二進法に神経伝導伝わりて可能範囲に七色に舞ふ
4. そのわけは知らねどそうと知りてのち世の深層に心捕はる
5. 視神経の受け取る波長は光よりの屈折反射種々あるひとつ
6. シナプスの受ける刺激が電位の差起こせばイオン伝導可能なり
7. 軸索を行く電流のオンとオフ 前頭葉にて認識査定
8. 海馬保存されしひとつの組み合わせ「青色」と呼ぶ 一文化日本
9. 「あお」と聴く母の声音と指の先 繰り返さるる神経接続


「超マクロ」
10. その莫大 砂粒すべての数よりも銀河は多し離れ合ひつつ
11. 音の無き宇宙を飛びて来る光 脳は彼方も正しく見るや
12. 永劫のごとき遥けさ ハッブルやプランク捉ふるその色は真か
13. わが百年一四八億年の先っぽに ダークマターとダークエネジー知る


「超ミクロ」
14. この心身の空疎なること宜なるか原子ひとつはほぼ真空なり
15. たとふれば教会にいる蠅ひとつ原子核とせば電子は外に
16. 物質と反物質の生まれてはぶつかり消えてエナジー放つ
17. 無から無へ在り続ける間(ま) なにゆえか永劫の中不均衡残る
18. 熱されて量子飛躍あり 定まれる軌道をひょいと色エネジー発す
19. 雲の如き軌道の海に電子あり 光年老いずひた走るあり
20. エイチツーの成れる原理は何ならむ 二つの電子の軌道触れ合ふは


「物質生成」
21. 電磁波の自己組織化というものか次第に絡み合ふ元素たち
22. 育ちたる宇宙は元素表にある化学物質を生産したり
23. 星と山 草 動くもの脳髄も同じき元素の組み合わせなり
24. 電子舞ひて原子は流る 寄り合ひてこの身を成せりしばしの日数


「量子は別世界」
25. 光とは質量ゼロの電子なるや 干渉波実験に電子を飛ばす
26. 量子らの有り様不定 観察によりてのみ確定すペア量子しかり
27. スピンするペアの粒子は距離あるも双子のごとく心通わす

28. 絡み合ふ量子ふたつの特性を 神にも等しき計算機とせむ
29. ゼロと一の情報二つを共有し可能性すべて計算し尽くす
30. エンタングルメントする二量子に情報托しコピーを作る

31. 肉体と言へど原子の情報より成れるゆえ即空間移動も可
32. サイコロを神は振らずと片や言い 神を推測するはならじと片や
33. 絡み合ふ量子に遠隔操作あれば超光速信号あらねばならず
34. この証左にボーア量子論凌駕せり アインシュタインと神の全知を


「風のアインシュタイン」
35. 知見の差かくもありしか この銀河以外知らざりしとふアインシュタイン
36. 弦のごと振動止まざる粒子の相 聞こえぬ音か見えざる色か
37. 不確かなる電子の位置なれ わが次元確かと思ふ謎なる大雑把
38. 質量を与ふる粒子(ヒッグス)の存在は確かとなりて正しき途上
39. 水素二個の核融合を果たし得て西暦二千年星を生じさす
40. 原子核をぶつける装置 ビッグバンをブラックホールを生じさす意図
41. 天才の知恵と苦心の未だとほく解き尽くすなく大千世界


「遺伝子」
42. 遺伝子は細胞核に幾重にも折り畳まれて精緻の引き出し
43. 詳細を文明こぞりて追ひ求む 進化のひきがね突然変異
44. 美しき仕組み知るべし 細胞の機械のごとく全知のごとく
45. 肝胆と照る小望月サテライト(人工衛星) 大気の海の底を測りて
46. 宇宙への地球の渚薄けれど底方(そこひ)に群れてわれら儚し


「地球の自然」
47. みじか歌にけふの驚き発見を無理にも詰めたし自然のメカを
48. 陽は火なり 一億五千万キロの彼方より核融合の恵み小春日
49. 庭に来る日を待ちし姫踊り子草 ちりめんの葉の陰に紫
50. 紫は自然好みよ 青と赤自在に混ぜて濃きも薄きも
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行き先不明 2013年より(5)『67歳の夏至まで』~「上総国分尼寺跡地」「庶民の暮らし」「過去よりの声」「春の花咲く」

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   「上総国分尼寺跡地かずさこくぶんにじあとち」

上総なる国分尼寺の回廊を桜吹雪とともに歩めり

かそけくも耳に鮮やか鈴揺れて東大寺にも澄み渡らるむ==東大寺の灯籠の4分の1というもの

黄金の鈴を連ねて春嵐吹けば光りて灯籠の楽


上総なる国分寺の塔ベンガラの七重(ななえ)賢し黄砂まぼろし==国分寺跡

民の幸を仏に拠りて恃みたる聖武天皇千二百年前

恃みしは仏の加護なり黄砂にて運ばれたるや唐土の思想

天平の国分寺の塔 民のためといくつ建てられ戦に焼けし


   「庶民の暮らし」

猫まんま醤油かつぶし平成の御代にふえゆく下層の暮らし

どうしてもエスカレーターに乗れざれし天然パーマの祖母は雲居に

英国にEU可否の論議ありて口に指当てしんと聴く人ら

笑ひ過ぎ涙こぼれてなほ可笑し いとけなきかな孫にも起こる

二歳児の眠気と食ひ気照れ笑ひカレーライスに顔を突っ込み



   「過去よりの声」

不意に濃く懐かしさ湧きて汝が気配なれば暦に由縁を探る

十年を遥か過ぎきて干涸びし世の浮き草の葉裏のその痕

ひたすらに澄みし声なほ耳にある寡黙なる子がふいに歌ひて

春の日に届きたる文はつこひの人の婚 汝が基(もとい)喪はる==推測だが


   「春の花咲く」

ときわはぜ 今年も保護の対象にて同じ角度に朝日に向かふ==目につかぬほど小さな薄紫

梨花咲きて佳き言の葉に綴りたき憧れ満ち来白絹の艶

ぼさぼさの柔き花弁に頬紅をほのかつけたるごと春紫菀

図鑑の絵そのままに咲く宝鐸草(ほうちゃくそう)二つ花房庭に下向く

隣り家に最後のひとつもちりぢりに散る八重椿ほの赤にして

はやみっかむざむざ過ぎるわが皐月 シロツメクサの何ぞ香れる
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ギャラリー
  • 遂にここまで来てしまった 2023年より(4)『77歳の夏至まで』~~「憂き世」「思い見る世」
  • ドイツより地球の風に飛び移る 2022年より(7、8)『77歳の秋彼岸まで』~~「座学」「混乱中」「日本の記憶」「赤虫王国」
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  • ドイツより地球の風に飛び移る 2022年より(6)『76歳の夏至まで』〜〜「強制終了」「神との友情」「一網打尽」「対消滅」
  • ドイツより地球の風に飛び移る 2022年より(3)『76歳の春彼岸まで』~~ 「終焉の気配」「春の気配ある」「かくりみの気配」
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  • ドイツより地球の風に飛び移る 2022年より(2)『76歳の春彼岸まで』~~「希望のころ」「核の脅し」
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