木原東子全短歌 続

二〇〇〇年より哀歌集を書く傍ら、二〇〇六年より「国民文学」歌人御供平佶に師事、二〇一一年からは歌人久々湊盈子にも薫陶を受けて、個性的かつ洗練された歌風を目指して作歌するものの、やがて国外に逃れることとなる。 隠身(かくりみ)の大存在の謎を追求する歌風へと変転し、「・・・」とうそぶく。カッコに入れる言葉の発見は難しい。

2015年10月

まだ闘えるか 2015年より(6)『69歳の夏至まで』~~「諧謔」「繰り返し」「同じ轍を踏む」「春の名残りの」

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 「諧謔」

鏡に見る写真に写る見慣れたる二種類の顔わたしだといふ

誰何(すいか)され御免ねと逃ぐ黒犬の見張れる庭に白梅咲きて

落としたる柿の枝しなふを若葉ごと曲げて折り曲げゴリラの寝床




 「繰り返し」

今世紀も百鬼夜行に明け暮れてダーウィン公認サバイバル模様

わかみどりの燈台草の絨毯に黄金の華はじける五月

わびと聞く利休待庵(たいあん)なにも無しただ人として茶の緑のむ

画面よりふとあげし眼にまどか月 日永の窓に宵闇香る

立夏より桐の花色まだまだとかけ登りいく明日も晴れなり

咲きみちて薔薇の枝(え)切りたる一山を捨つれば残るはなびら白々



 「同じ轍を踏む」

四十年の変はらぬ諍ひ夫との議論の先は千も知りつつ

ひび割れのガラスの球に生まれ来るみどり児憂れふ空青けれど

悲しみに縋りつかれてリアルさに死も否めざる限界に対す

悲しみの深さ思へば救ひなしふはふはの母消えたる子らの

古稀のくる日々を根詰め糸紡ぐ吾が言の葉の流れに任し

この老いの時と言葉をむち打たむ終はりの日まで休まざるべし



 「春の名残りの」

ほの柔き和菓子の雌しべ思はする母子草よけ布団干すなり

このしばしふはり地表にかけわたすヴェール早緑日々濃くならむ

夕光の上総の田の面極楽もかくやと我の基準の甘し

雲上は知らず水張田光るなし寝たがえし首揉みても空し

あをによし奈良の桜も匂ふらむ憶ひの海に莞爾と咲ける

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まだ闘えるか 2015年より(5)『69歳の夏至まで』~~「上総水田」「旧道卯月」

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 「上総(かずさ)水田」

セキレイと弁当分かつ鉄路わき松葉海蘭(まつばうんらん)こんなところに

揺られつつうとうと繰(く)れるスマホにてグーグル追跡デジタル運行

土手と川を分かたず水を溢れさせ上総の水田早苗待ち居る

野に畑に沁み出づる水何処より来るや霞める丘陵と海

上総なる水田に丘と空映りソーラーパネル頭をもたぐ

サラダめく卯月の野山 聞こえねど天地の精気大合唱団

早緑のすぎなの野辺にたんぽぽの白き毬玉いまだ飛ばずに

菜種梅雨の晴れ間待ち居しトラクター光る水田を縫ひて赤なり

湖水のごと深き田もありつんつんとさなえ植うれば無精髭めく

春の陽を田の面の水のきらめかす上総の国はなほ八重桜

曇天より日の差したれば南風(はえ)にして皺波(しわなみ)白く光を返す

雲の色を吸いこみ鎮む水の原 寝たがへし首揉みてまた揉む 

前線と寒気と重なる夕の空 暗く明るく八重桜映ゆ

ぽつてりと八重桜木に抱かるる保育園いまお昼寝の刻



 「旧道卯月」

潰えたる夢の残りの紫に廃屋覆ふ山藤かづら

この春に若竹色のカーディガンあるを嬉しむ去年買ひたるを

冬の間のわが腰痛の治まりて影もますぐにストレス去なす

夫の愚痴に頷きをれどわが心古稀には遠くおはぎのうまし

常盤はぜを心待ちする雑草界 燈台草(とうだいそう)よし雄日芝(おひしば)は引く

一坪の土の中より生れ止まず命の光を注がれ止まず

ひたすらに命をつなぐ意味ぞこれ質量あるは宇宙に稀れなり

限りある時計の文字を巡る間に宇宙膨張 無を侵しゆく

細きもの地より生れては独自なる形を作る不思議の庭に

バス通りの白き花好き薔薇の家いまは静かに初夏を待つらし

ふたつずつ白き鈴さげ宝鐸草(ほうちゃくそう) 陽のささぬ辺にはびこりてゆく

大いなる黒雲のへり光らして背後の夕陽決着つかず

退院し終の騒動避けゑたる夫と我との春日は夏日
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まだ闘えるか 2015年より(4)『69歳の夏至まで』~~「春のいろいろ」「思はぬに桜」「小湊鉄道点景」

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  「春のいろいろ」

洗練の短歌との評かたじけなし磨く甲斐なきこの原石を

風無くて散るはなびらの絨毯の白き清けさ心して踏む

黄の花を我にくれむと満ち満ちて木香薔薇の数多のつぼみ

ざわめきて燈台草の並び立つ庭の一角歌声挙がる

ひび割れしガラスの球に生まれ来るみどり児憂れふ空青けれど

子のツィート「ブンデスリーガに移籍してまごつく」夢と読みて笑ひぬ

写りゐる笑顔惜しくて君のその大きな耳に福ありしはず



  「思はぬに桜」12首

運ばるる房総半島小湊線菜の花のなかまた急降下 ==こみなとせん

枝垂れ桜つづきてやまぬ川べりの黄の波長を眼は理解せり

絵のやうなるディーゼル一両さみどりと霞か雲か桜見るとは

新緑と桜の森へぐいぐいと花かすめつつ軋む列車に

山茱萸に杏万作競ひ咲く馬立駅のペンキ剥げゐて ==うまたてえき

入退院せしばかりの夫 卯月には金瘡小草の蓋またも開きかく

桜の頃訪れたきとふと吾に浮かびしばかりにかく水桜

鶯の長啼く森にわけいりて萌黄色の地に病を養ふ

終生を負の感情に囚はれてトラウマのまま治療もせざり

自らを護らんとのみ他を責めてひたすら求むる愛とふ錯覚

足元の一尺出でず潔癖に手を洗ひたるゆえ皮膚ただる

難しき夫にあれども死なるれば涙するらむその生哀れと



  「小湊鉄道点景」11首

赤子連れが春の列車にゆく窓をアカメ柏の覗き込む駅

平穏の満々たる水この空を働くもあり旅するもあり

親か息か保護者の役の難きかな疲れし老母と幼児の中年

詠ひても心に刻むも我がものとなり得ず惜しも移らふものは

冬ざれの田畑の色も詠みたれどはや惜春の情の潜めり

春の庭を初老の男立ち眺む花の樹植えたるまこと甲斐あり

土地持つは心弾まむ 命生る散りても花の余韻ただよふ

青と緑に塗り分けし家のっぽにて強く自由に生きたし吾も

きつぱりと切りそろへある生垣の人目遮る完璧にすぎ

スーパーより道をよろよろ渡りくるパジャマに素足死ぬまでの日を

犬として生活長き庭隅に哲学しゐる耳を斜めに

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ギャラリー
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