木原東子全短歌 続

二〇〇〇年より哀歌集を書く傍ら、二〇〇六年より「国民文学」歌人御供平佶に師事、二〇一一年からは歌人久々湊盈子にも薫陶を受けて、個性的かつ洗練された歌風を目指して作歌するものの、やがて国外に逃れることとなる。 隠身(かくりみ)の大存在の謎を追求する歌風へと変転し、「・・・」とうそぶく。カッコに入れる言葉の発見は難しい。

2017年12月

こともなき世と 2017年より(13)『72歳の秋彼岸まで』~~「十円の足らず」

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  「十円の足らず」

新年の残りハガキに十円の足らず戻さる 決意揺るがず

           据ゑられしすずらん模様の母のつぼ 光差し込み父と並べり

いづこへか見知らぬ道へ行きますとメール送りぬ 痩身の師なり

           晴嵐は無人の畑行く 見捨てられ鳥も雲さへなき空鳴らし

一筋の天上天下偽らぬ己れの詩情そこに立つるべし

           糸のごとふる雨なればと草引けば身近に白き菫匂ひぬ

子亡きあと凭(よ)りてどうにか歩き来し歌の世界もざらつく砂地

           昼空の映れる水面にどうとふり染めあぐるかに桜の無尽

調べ佳き三十一文字の表出の限界攻めて先行く師あり

           けさ見れば十薬群るるわが庭に白十字光あらはれいでぬ

生活の歌に合はざる修羅のこと伏せて高層ビル縷々歌ふ

           湖をわたるかに往く聖五月 市役所までの道の乱反射

この世なる些細なること淡きこと歎ずる吾の声のか細さ

           草生ふる陸橋に咲く名も知らぬ薄紫よいづこより来たる

大広間にマイク響けど音声を識別できずぼんやりとゐる

           孫来るといそぎ開けたるドアの下に毛虫蠢く鳥の落とせしか

山手線久しぶりにて世の人を見回す吾はやはり透明

           懐かしき露草ひらく 耳青き下に透けたる萼ひそとあり

後半をはぐれもんとふ人生に態度醜きわたくしではあり

           重陽の節句過ぎても金柑の白花濡れて黒アゲハ速し 

人類の命運百年に尽くるらし有りうべし この幼稚さゆゑに

           境内を囲む林にあかあかと天蓋華燃ゆ たれの魂

歌の神の吾を拾ひて十五年をここに生きよと流されてけふ

           藍色の実のぶざまなるその花か彼岸花の頃白くくすぶる

一葉の私信送らむ「生活の波乱万丈にて」引きこもれりと

           三センチに松葉牡丹の思ひ切り咲けど花芯のどこかそぐはず

白黒がくつきりせるも混じれるもある髪 総じてわが心理に似る

           ニラの花 筆先白く点々と庭いつぱいの朧ろなるかな

いやましに矩を越え行く言の葉の吾に貴き理を歌ふまで

           長月の大夕焼けの光芒をかくも賜はる 理は厳然として

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こともなき世と 2017年より(12)『72歳の秋彼岸まで』~~ 「七十二歳に慣れる」「庭めぐり」

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 「七十二歳に慣れる」

老人用SNSの言葉良し 会ふ人ならね「有難ふ」出で来る
 
穏やかに二人暮らせとメールある六つに別れし息(こ)に案じられ

亡き人の応へよこさぬこそ道理疾うにこの世に輪廻の旅へ

ベランダに溢れていたる花と葉の写真 我が生の過ぎ行くを告ぐ

「どうして!」と神に問ふくせ改めて ありたき自分を自由に決めむ

夏の花ばかり贔屓にする我の遊び呆けて南国育ち

忘れえぬ悲しさなりきデートして逢瀬も決めず走るがに去られ




 「庭めぐり」

ジャスミンの茂みの中へシーツかけ 物干し台ごと香りのジャングル

キッチンの窓より柿の実落下の図 すももほどなる青き大きさ

朝植えし馬鈴薯夕にはしゃんと立つ 孤独の老爺エナジー操る

百日も赤く咲かむと大枝の広ごる空間 葉月六日に

遮二無二の草引き 汗の沁むる目にオシロイバナの牡丹色あり

ヤブカラシに今年の毛虫小さきがわづか二枚の葉にしがみつく

灸花(ヤイトバナ)互ひに絡まり自立せり 今年垣根の主役の花と

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こともなき世と 2017年より(11)『72歳の秋彼岸まで』~~ 「八月四日夜母逝去」

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 「八月四日夜母逝去」

老い母の静かに逝くと電話くるそこに居らざる我が口惜しさ

母よ母いまは何処をさまよふか死にたることを訝しむ頃合ひ

我が母よひとつなる者よ河超へて花園過ぎて誰に会ひしか

今生の終の散歩や五日して花談義終へ寡黙となりし

懐かしくやはくて温き母の額(ぬか)七十年の日々を共にす

願ひとは異なりたれど老いの日を花の精聞き風の色塗る

さはあれど最期の問ひに自が生のラッキーなりしを自ら諾ふ

最後まで護り頼みぬ帰途の無事 危篤の母に額すり寄せ

痛みある顔にささやく「楽になるもうすぐもうすぐ安心してね」と

焼き場への盛夏の道に手を見つむ ドライアイスの冷たき額(がく)なり

自が生を捧げ一点の曇りなし 世に満つるもの撫でて慈しむ

砂浜に打ち捨てられしごと薄き骨四片の母を我がそばに置く 

母逝きてなほもお喋り続くらし笑顔楽しも同じ屋に居て

大盛りの高砂百合に大き桃を 母の空腹せめて満たさむ

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こともなき世と 2017年より(10)『72歳の秋彼岸まで』~~ 「なんとなく世のさま」「なんとなく憶う」

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 「なんとなく世のさま」

立葵を巡ればそこにアガパンサス宙に浮かべり 人それぞれのごと
 (人丈ほどもある花の顔、ひまわりもこの仲間か

心をば置き忘れたかのミスをして誰かの助けとなりたると信ず
 (瞑想帖を電車に置き忘れた 誰か読むべき人もあったかもと

母を看に往く道中のよその窓 ゴーヤ疾きかなたちまち覆はる
 (母、寝たっきりとなりふた月、看取りの施設に通うこと

日傘ごと熱波の中ゆく足元に影の舞ひたり てふの形に
 (冷房のバスより降りて 大きな蝶が影として飛ぶ

涼やかに光差す部屋 母と娘の看取り看取らる恩愛のうち
 (冷房の室内に 一方通行の対話なれど

太陽の強さ勝れるからつゆに この緑産む地球のパワーは
 (熱風浴びてなお緑 半島に湧き出すエネルギー何処より




 「なんとなく憶う」

崩落せし阿蘇大橋の彼方なり 麦ご飯なりしかのユースホステル
 (麦ご飯生活で絶好調だった 遠いあの頃 もう行けない

弟のボール状の手をもろに見し兄が泣き出す火傷の翌日
 (時々辛く思い出す 母親としての落ち度

二人子に火傷をさせて泣かせたること思ひ出づ 痕残らねど
 (幸いにも傷痕にはならなかった 未熟な孤独な母親業

ミレニアムの頃の記憶はぐびぐびと三十一文字の器より飲む
 (二千年になってしまうのが本当に悲しかった頃

悲しみは千羽鶴のごと折りたたむ 千もの哀歌万もの繰り言
 (周期的に理由もなく 襲ってくる悲痛

待ちわびし雨落ち始め「ふうるふる」と城ケ島の歌心より出づ
 (やっと降り始めた雨つぶ 何十年も忘れていたフレーズに襲われた

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ギャラリー
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  • ドイツより地球の風に飛び移る 2022年より(7、8)『77歳の秋彼岸まで』~~「座学」「混乱中」「日本の記憶」「赤虫王国」
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  • ドイツより地球の風に飛び移る 2022年より(3)『76歳の春彼岸まで』~~ 「終焉の気配」「春の気配ある」「かくりみの気配」
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  • ドイツより地球の風に飛び移る 2022年より(2)『76歳の春彼岸まで』~~「希望のころ」「核の脅し」
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