「十円の足らず」
新年の残りハガキに十円の足らず戻さる 決意揺るがず
据ゑられしすずらん模様の母のつぼ 光差し込み父と並べり
いづこへか見知らぬ道へ行きますとメール送りぬ 痩身の師なり
晴嵐は無人の畑行く 見捨てられ鳥も雲さへなき空鳴らし
一筋の天上天下偽らぬ己れの詩情そこに立つるべし
糸のごとふる雨なればと草引けば身近に白き菫匂ひぬ
子亡きあと凭(よ)りてどうにか歩き来し歌の世界もざらつく砂地
昼空の映れる水面にどうとふり染めあぐるかに桜の無尽
調べ佳き三十一文字の表出の限界攻めて先行く師あり
けさ見れば十薬群るるわが庭に白十字光あらはれいでぬ
生活の歌に合はざる修羅のこと伏せて高層ビル縷々歌ふ
湖をわたるかに往く聖五月 市役所までの道の乱反射
この世なる些細なること淡きこと歎ずる吾の声のか細さ
草生ふる陸橋に咲く名も知らぬ薄紫よいづこより来たる
大広間にマイク響けど音声を識別できずぼんやりとゐる
孫来るといそぎ開けたるドアの下に毛虫蠢く鳥の落とせしか
山手線久しぶりにて世の人を見回す吾はやはり透明
懐かしき露草ひらく 耳青き下に透けたる萼ひそとあり
後半をはぐれもんとふ人生に態度醜きわたくしではあり
重陽の節句過ぎても金柑の白花濡れて黒アゲハ速し
人類の命運百年に尽くるらし有りうべし この幼稚さゆゑに
境内を囲む林にあかあかと天蓋華燃ゆ たれの魂
歌の神の吾を拾ひて十五年をここに生きよと流されてけふ
藍色の実のぶざまなるその花か彼岸花の頃白くくすぶる
一葉の私信送らむ「生活の波乱万丈にて」引きこもれりと
三センチに松葉牡丹の思ひ切り咲けど花芯のどこかそぐはず
白黒がくつきりせるも混じれるもある髪 総じてわが心理に似る
ニラの花 筆先白く点々と庭いつぱいの朧ろなるかな
いやましに矩を越え行く言の葉の吾に貴き理を歌ふまで
長月の大夕焼けの光芒をかくも賜はる 理は厳然として
__